貧困層との接し方

Last updated on 2021年5月29日

日本やアメリカに住んでた頃は特に貧困層との接し方について悩むことはなかった。特定の貧困地区に立ち入らずに通常の生活を送っていれば、出会う人のほとんどは中間層以上だからである。

特定の地区とは、日本で言えば大阪の西成区や東京だと足立区・西日暮里とかあちらの方だろうか※個人の感想です。お婆ちゃんが存命の時、「いいかい?坊や。西日暮里にいるチマチョゴリを着た人には近づいてはいけないよ」と言い聞かせられていたことを今でも覚えている※バッチャンの感想です

アメリカでは、サンフランシスコ・ベイエリア地区に住んでいたため、オークランドなんかがそういった地域にあたる。バートというベイエリア唯一の旅客鉄道路線があるのだが、夜9時以降にWest Oakland駅で降りたらまず命はないと在米の先輩に脅されていた。

事実を言うと何故か差別と言われる時代なので差別と言われるかもしれないが、日本だと在日朝鮮人が多く住む場所、アメリカだと黒人が多く住む場所がそのような地区である傾向が高いように思う※個人の感想です

日本やアメリカではこのように特定の地域だけ避けていれば貧困層と接することはなかったのだが、ここフィリピンでは貧困層がデフォルトのため、普通の生活で貧困層を避けることはほぼ不可能である。言ってみれば国全体が西成区状態なのである。

そのため、フィリピンに来てから多くの貧困層の人間と関わってきた。とは言っても貧困ガチ勢ではなく、ソフト貧困組である。ガチ勢はダンボールを道端に敷いて寝ているタイプで、ソフト組は一応トタン屋根とコンクリートの囲いくらいは用意出来る層だと思って欲しい。

この大多数を占める貧困組との付き合い方に苦悩し、いろいろこの5年間で学んだ。

  1. 彼らに期待してはいけない。我々の常識やルールはどんなにわかりやすく論理的に親身になって説明しても彼らは理解することは出来ないし、変わることもない。「衣食足りて礼節を知る」の真の意味がここにある。
  2. 彼らを金銭的に助けても自己満足以外のメリットはない。感謝されるどころかおかわりを要求され、無限に繁殖し、永久に要求され続ける。ユニセフ募金が30年前から何らか状況が改善したか?永久に「お前らの募金待ってるぜ!」状態なのである。
  3. 愛とか神とかあやふやなものに逃げがち。彼らは生まれた瞬間からチェックメイト状態なので、もはやすべてに対して諦めモードに入っている。そのため、現実とは向き合わず、答えのない愛とか実態のない神とかに傾倒する傾向にある。彼らにそれを指摘してあげても気づくことはない。むしろ敵視される。統合失調症患者に、あなたの見てるのは幻覚ですよと教えてあげて、「えっ、マジっすか?」と気づく患者はいない。

生まれた瞬間から私たちと彼らはもう違う時間軸を歩いている。嘘はつかない、約束や時間は守る、人の物は盗らない、我々が当たり前に感じているルールや常識は彼らには通用しない。

来比して一年間くらいは私も他の日本人同様、恵まれない人たちに偽善ムーブをかましたりしていた。動機は、半分は同情心、半分は自己満足だったことを認める。物乞いがいたらコップにコインを入れてあげ、花を売ってる少女がいたらなるべく買ってあげお釣りは受け取らず、台風ヨランダの際は現地へコーンフレークや医薬品、日用品のボックスを送ってあげたりした。

そんな私が一切の支援を止めたのは、BGC(ボニファシオ・グローバルシティ)と呼ばれる高級地区のコンドミニアムに一時滞在していた時の出来事だった。高級地区とは言え、エリアのラインを越えればすぐに貧困地区が横にある。コンドミニアムのベランダから三人ほどの裸足の子供たちが道端をフラフラしてるのが見えたので、弁当を三食テイクアウトして彼らに持っていってあげた。彼らはお礼の一言も言わずにその弁当をぶんどり、食べ終わったらプラスチック製容器を車道にぶん投げ、裸足でまたどこかへフラフラしにいった。

私はその車道にぶん撒かれたプラスチック容器を拾い歩き、ゴミ箱に捨てながらやっと目が覚めた。

「あぁ、この生物は私たちと同じ人間ではないんだ」
容姿が人間に似た形をしているだけの何か別の生き物であり、一生分かち合えることはないのだ、と。

それ以降、このような生き物と出会った場合は、「とにかく関わらず離れる」ことにしている。教育も金も礼節もない貧困層と関わることは百害あって一利なしなのである。

最近の投稿

コアラ Written by:

Be First to Comment

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。